
アップルの各種新製品が発表になった。AV的に見ればやはり、新しいApple TV 4KとミニLED搭載でディスプレイを一新したiPad Pro(12.9インチモデル)が気になるところだろう。ここでは後者について、その後に得られた情報を含めて考察してみたい。高コントラストなタブレットは、AVファンにとっても気になる存在だが、色々と考えてみると、今回の選択は「アップルのディスプレイ戦略」の一端の表れなのかもしれない。 【この記事に関する別の画像を見る】 ■ プロセッサーを一新、1万個以上のLEDをディプレイの下に まず、新iPad Pro 12.9インチモデルの概要をおさらいしておこう。デザインは現行モデルからあまり変化はない。0.5mm厚くなり、40gほど重くなっているのだが、これはミニLED採用による影響と考えて差し支えないだろう。 プロセッサーは「A14シリーズ」から「M1」に。この辺は、プロセッサーの数を絞っていきたいアップルの戦略によるものと考えられる。そもそも、iPad Proでは末尾に「X」や「Z」のついた、高パフォーマンスな特別バージョンのプロセッサーが採用されることが多かったわけだが、毎回特別バージョンを作るよりは、ハイパワーなM1を使った方がコスト効率はいい。 「タブレットにM1が必要か」という話もあるが、価格面で折り合いがつくなら、誰も高性能で困ることはない。iPad Proはもともとタブレットとしては高価であり、今回の製品でも価格帯に大きなブレはない。だとすれば、M1を使うことはウェルカム、というところだろう。 ポイントはやはり、12.9インチモデルにおいて、バックライトに「ミニLED」を採用した、ということだろう。アップルはミニLEDを使ったディスプレイを「Liquid Retina XDRディスプレイ」と呼んでいる。採用しているのは12.9インチのみで、11インチには未採用だ。これは、価格や重量などでの棲み分けを考えたものだ。 ミニLEDとは、テレビ風に説明するなら「小型のLEDを大量に使った、直下型バックライト」である。一般的なPCやタブレットの液晶ディスプレイはサイドライト型で、導光板を使ってLEDの光をディスプレイ全体に拡散して光らせる。その代わりに、液晶の直下に大量のLEDを配置して光らせるのが「直下型」で、それを非常に小さなLED素子で実現するのが「ミニLED」、ということになる。 新iPad Proの場合、全体に1万個以上の青色LEDを配置し、さらにそれをいくつかセットにしてエリアを構築、画面全体をエリア分割して光をコントロールする。発表内容によれば、エリア分割数は2,596となっている。従来、サイドライトで使っていたLEDは「72個」だというから、大変な差である。 エリア分割駆動させれば当然、映像の明るい部分と暗い部分を分けて光らせることができる。だから結果として、ディスプレイ全体で輝度をコントロールしている一般的なサイドライト型に比べれば、明るい部分と暗い部分のコントラストは強くなる。アップルによれば、カタログスペックとしてのコントラストは「100万対1」、ピーク輝度は1,600nits、画面全体での輝度は1,000nitsになるとしている。 このスペックは素晴らしい。ピーク輝度とコントラストで言えば、58万円で売られている「Pro Display XDR」に匹敵する。もちろん、サイズや解像度が違うので単純比較はできないが、「持ち運べるディスプレイとしては最高クラスの画質になる」ことが期待できる。 ■ どんな画像でもミニLEDの価値は有効、消費電力もカタログ上問題なし 一方で、気になる点もいくつかある。まず、「どんな映像でも有効なのか」という点。 iPadなどの場合、アプリ側が対応しないとハードの機能を活かせない、ということもある。例えば、AirPods MaxとiPhone・iPadを組み合わせて実現されている「空間オーディオ」は、単にDolby Atmos対応のデータであればOK、ということはなく、アプリ側での対応も必要になる。現状では「Apple TV」アプリでの視聴が前提だ。 同じように、iPad Proの高コントラストディスプレイもアプリ対応が必要ではないか……という危惧がある。テレビのイメージで言うと、映像の方で輝度にあわせたエリア分割が必要になり、いかにもその処理が必要そうにも思える。 だが、これは大丈夫なようだ。 ディスプレイ側で輝度コントロールやガンマカーブコントロールを行なうため、特にアプリ側で配慮することなく、iPad Pro 12.9インチモデルに搭載されたディスプレイの価値を活かすことができる。「写真」アプリや「Apple TV」アプリのようにOSに標準搭載されているアプリはもちろん、Netflixなど他の映像配信アプリも、HDR対応していれば大丈夫……ということになるし、AdobeのLightroomやPhotoshopでも高画質を活かせる、ということになる。 iPad ProにはM1という高性能なプロセッサーがあり、処理には(おそらく)余裕がある。だとすれば、バックライトコントロールにかかる負荷も問題はないだろう。 次に消費電力の問題。LEDが増えるので厳しくなりそうな印象を受けるが、カタログ値を見ると、バッテリー動作時間は伸びていない。これはLEDの輝度と消費電力が大きく関係している。 サイドライト型では全体に明るくするため、ひとつひとつのLEDが大きく高輝度だった。結果として消費電力も大きかったわけだ。だがミニLEDでは、ひとつひとつのLEDはごく小さなものになり、輝度は稼げない。iPad Proに採用されたものの場合、LEDの体積は従来比で120倍違うそうだから、輝度も消費電力も大きく違うだろう。だからこそ、ミニLEDでは輝度を稼ぐために複数組み合わせる必要もあるし、ディスプレイ内にはその光をうまく拡散する特殊なフィルムも挿入されている。 結果として全体輝度やピーク輝度は稼げているものの、LEDの数が増えるほどの消費電力上昇は起きていない、と考えられる。もちろん、M1の採用などによるシステム全体での消費電力低減が効いていて、トータルでの消費電力に影響が出ていない可能性は高い。 ■ 「有機ELでない」理由はアップルのディスプレイ戦略にあり!? そしてもう一つ、大きな疑問がある。それは「なぜミニLEDなのか」ということだ。 単にコントラストを上げるのであれば有機ELを使ってもいいはずだ。市場には有機ELを使ったPCやタブレットも増えており、それらは高いコントラストを実現している。 なぜアップルはミニLEDを採用し、有機ELを使わなかったのか? ここからはある程度予測が入るが、そんなに外れてはいないだろう、と思っている。 最大の課題は「量産」だ。 有機ELディスプレイは一般的なものになってきたが、そのサイズは「スマホ向け」と「テレビ向け」に分かれる。両者はまったく違う工程で作られているのは、ご存知の通りだろう。 一方、PC向けやタブレット向けの製品は、基本的にモバイル向けのものをサイズ拡大して作っているのが実情だ。生産数は増えているものの、「一気に何百万台分」を調達するのは、そうそう簡単な話ではない。 だが、ミニLEDは結局液晶だから、そうではない。LED素子の生産そのものには問題はなく、課題は「いかにパーツをミニLEDディスプレイに組み上げるか」という点にある。ここさえカバーすれば、量やサイズの確保の目処はつきやすくなってくる。 アップルはおそらく、ミニLEDをもっと多くの製品に使いたいと考えているのだろう。コストが上がるのは間違いないため、初期には低価格なiPadやMacBook Airに使うのは難しい。しかし、これから出てくることが予想される「高コストな、よりプロフェッショナルに向けたMacBook Pro」や、「iMacよりもハイエンドに向けたデスクトップ型Mac」ではどうだろうか? 自社で生産方式をコントロールするのは、アップルのお家芸。だとすると、ミニLEDを使ってHDR対応のハイエンド製品を増やしていく……というのはあり得そうな話である。 一方で、ミニLEDは万能薬ではない。 輝度をより高めようとするとLEDの光量・効率の問題が出てくる。中国メーカーはテレビでの採用を進めているが、日本メーカーは輝度・効率の観点から大型製品は従来型のLEDバックライトと有機ELのミックスで対応している。PCのサイズ感は、現状ミニLEDに向いている……と言えるかもしれない。 ただ、有機ELのパネル製造の状況がまた変化すれば、ミニLEDで展開することがコスト的に不利になる可能性だってある。ミニLEDは構造が必然的に複雑だ。LEDの数が多く、拡散幕などを必要とし、ソフトウェアコントロールも重要になる。「アップルがミニLEDを採用する」と噂になってから、製品として出てくるまでにはそれなりの時間がかかったが、そのあたりは産みの苦しみだったのかもしれない。その間に状況がまた変化する……というのも、この業界では珍しくないことだ。 先の話はともかくとして、現状、アップルが「PC・タブレットクラスのハイエンドディスプレイ」として、ミニLEDを選んだことは間違いない。この方針はしばらく続くだろう。だから、ミニLED搭載が「iPad Proだけで終わる」と考えない方が良さそうだ……と筆者は予測しておく。
AV Watch,西田宗千佳
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