「時間」はあらゆる物理量の中で最も高い精度で計測されている量であり、現在では「長さ」や「質量」および関連するあらゆる物理量の根底をなす基本的な量である。そのため「時間」を高精度に計測し定義する技術は科学全体に対して重要な意味を持つ。
現在、時間の定義にはセシウム原子の持つ9・2ギガヘルツ(ギガは10億)のマイクロ波遷移が用いられているが、原子の光学遷移を利用し、3桁ほど高い精度を実現できる「光時計」が開発されており、近い将来「秒の再定義」も見込まれている。
光時計には「単一イオン光時計」と「光格子時計」の2種類の方式がある。「単一イオン光時計」はイオントラップ技術により捕捉された1個のイオン利用する方式で、到達精度に優れる一方で信号の安定度に劣る。
「光格子時計」は光の定在波に多数の中性原子を利用する方式で、安定な周波数信号を得られるが、高確度への到達には繊細な環境の評価が必要である。これらの性質を含め両方式とも一長一短の性能を持ち、将来的にも用途に合わせた利用が想定されている。
一方、これら二つの方式の長所を持ち合わせた方式として「複数イオン光時計」が提唱されている。その名の通り複数のイオンを捕捉し時計に利用することで、単一イオン光時計の欠点であった信号の安定度を改善することが可能となる光時計である。
しかし、お互いが作る電場の影響でイオンの示す周波数がずれてしまい、通常のイオン種ではこの方式は実現できない。インジウムイオンはこのよう電場の影響を受けない性質があり、「複数イオン光時計」を実現する最有力候補である。
情報通信研究機構(NICT)ではこのような性質に注目し、インジウムイオン光時計の開発を行っている。インジウムイオン光時計は紫外光の制御など技術的に難しい部分が多く、これまで十分な研究は行われてこなかったが、私たちは共同冷却などの量子情報分野で培われた技術を転用し、世界に先駆けて時計動作を実現した。今後、複数個のイオンに拡張するための基礎技術研究に併せて、日本標準時への活用など産業への貢献を目指した研究開発を行う。
◇電磁波研究所 電磁波標準研究センター・時空標準研究室 主任研究員 大坪望 2013年東大院修了後、NICTに入所。共同冷却技術を利用したインジウムイオン光時計の開発に立ち上げから従事。博士(学術)。
日刊工業新聞2021年11月2日
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