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Tuesday, March 9, 2021

日銀のETF買い入れ見直しよりも重要な「株式市場の根本問題」 - ASCII.jp

Photo:PIXTA

黒田異次元緩和8年
「雪」は解けたがマインドは戻らず

 日本銀行総裁に黒田東彦氏が就任してから8年近くが経過する。今月18・19日の日銀の金融政策決定会合では、異次元の「金融緩和に関する点検」が行われ、批判が少なくないETF買い入れについても見直しが行われる見通しだ。

 ETF買い入れが株式市場の価格形成をゆがめているという批判があることは確かだが、筆者は、そうした副作用はあるにしても、8年の大規模な金融緩和で平成バブル崩壊以降の資産デフレと超円高の「雪の時代」を転換させた功績はあると考えている。

 さらに依然として日本国内に根強いデフレ時代のマインドセットが残っていることを考えると、副作用はあっても金融緩和を続ける必要があり、日銀の「政策点検」もこうした問題意識のもとで行われると考えられる。

 むしろ目を向けるべきは日本の株式保有のいびつな構造だ。

長く続いた資産デフレと円高
企業や家計の行動に後遺症

 1989年の年末をピークに、日本の株式市場はバブル崩壊後、海外からの投資も細り、隔絶された停滞状況が続いた。

 資産デフレに加えて超円高も加わるダブルパンチのもとで、企業はバランスシートを圧縮する「持たない経営」に転換した。さらに、円高でも国際競争力を維持するために製品価格などを上げず、コスト削減で事業のリストラに力を入れた。

 こうした企業の「持たない経営」と「リストラ」は個別企業の生き残り戦略としては間違ってはいなかったが、それがマクロ面では「合成の誤謬」として日本経済が縮小均衡に陥る懸念やデフレマインドを招いた。

 その状況が長く続いてきたなか、黒田総裁のもとでの大規模緩和を中心としたアベノミクスで「雪の時代」の「呪縛」は解かれ、いわば雪解けとなった。

 株価は2012年まで日経平均で1万円割れが続いた状況から大幅に上昇し、為替も70円台半ばまでの超円高から100円を超える水準が定着し、経済成長も欧米諸国とそう変わらないところまで戻ってきた。

 令和になって未曽有の危機となったコロナショックでも、株価は一時的に急落したが、財政出動と金融の大規模緩和もあって回復、資産デフレは回避された。

 2月には日経平均株価は平成バブル期の以来の3万円台を超え、不動産価格も都市部を中心に上昇し続けている。

 ただそれでもなお、家計と企業の行動は「雪の時代」の後遺症を負っている。

 家計を見ると、人々の資産運用は依然として円建ての安全資産である現預金に集中する状況が続き、「貯蓄から投資へ」の動きは鈍い。

 企業経営も「持たない経営」と「リストラ」のマインドセットから抜け切れておらず、企業収益回復の果実が経済全体に及ぶトリクルダウンは起きている状況ではない。

 資産デフレや円高は解決したが、家計や企業の行動変容にまで及んでいないのが現状だ。

国内勢の株式売却の「真空」を
海外投資家が埋めた

 図表1は日本株の保有主体の推移を示したものだ。

 バブル崩壊後の「雪の時代」、資産価格暴落で国内の企業や金融機関の資本が毀損(きそん)され、株式市場では国内投資家の存在感が一気になくなる「真空状態」を招いた。

 さらに企業と金融機関の持ち合い解消も国内の保有主体の不在を一層強めた。

 国内投資家と入れ替わるように「真空状態」を埋めたのが海外投資家の日本株買いだ。

 図表でも、国内投資家の保有減少と対照的に海外投資家の保有比率が上昇してきたことがわかる。

 海外投資家は最大の保有主体となり、その後もアベノミクス初期には大幅な買い越しで日本株を支えたが、2015年後半以降、一転、売り越しに転じ新たな「真空状態」が生まれた。

 同時に、2015年末にかけて円高圧力が急激に強まり、日本経済が再び、「雪の時代」に戻りかねない状況になった。

 日銀が2016年1月にマイナス金利導入を決めたのは、このことへの強い懸念があったからだと考えられる。

デフレ時代へ回帰回避から
海外の売りに立ち向かった日銀

 そしてマイナス金利で円高を回避しようとしたのと併せて、日銀が株安回避で行ったのがETFの買い入れ増額だった。

 同年7月にはETF買いを年額3兆円から6兆円に倍増させた。その後、2020年4月にはコロナショックによる株価急落に対応するためETF買い入れの上限を12兆円にまで拡大させた。

 ETF買い入れ増額は「雪の時代」回帰を防ぐ対策としての側面があった。国内の投資家不在のなか、最後のよりどころの海外投資家も売りに向かった局面で、リスクプレミアム拡大によるデフレ的側面が強まることに対して、いわば力ずくで株価を支えた“実力行使策”だった。

 2015年以降、海外投資家は売り越しにあったが、日銀のETF買いは海外投資家の売りを吸収して余りある状況だった。

 過去5年余り、海外投資家の売りに対して日銀が立ち向かい、売りを吸収したといえる。まさに日銀がそれまでの海外投資家に代わって株式市場を支えることになったのだ。

ETF買い入れは補助輪の役割
「点検」では購入弾力化打ち出す?

 その意味では、日銀のETF買い入れは日本の株式市場で国内投資家の買いが戻り、株価が安定し持続的な価格形成が行われるようになるまでの補助輪の役割と考えることもできる。

 したがって日本国内の投資主体が日本株保有に向かうようになれば、日銀のETF買い入れは歴史的な役目を終えることになる。

 今回の金融政策に対する点検はこうした経緯を踏まえた上でETF買い入れの見直しの議論が行われるはずだ。

 日銀は今やGPIFを抜いて国内保有主体のトップのプレゼンスとなっていることには、問題意識を抱いていると思われる。だが一方で国内投資家のマインドが変わっていない状況では、ETF買いの姿勢を続けざるを得ないとも考えているだろう。

 ただし、株価水準がバブル期以来の高値に戻っていることや日銀の市場でのプレゼンスが顕著になりすぎていることから、2020年に決定した年間12兆円という上限の数字を残しつつも、現在の年間6兆円増額という購入ペースの弾力化に向かうと考えられる。

 つまりETFの買い入れを続けるという姿勢を示しつつも長期戦にも対応できるようかじを切ると考えられる。少なくとも黒田総裁の任期中の2023年4月までは安定的に購入を続けられる体制を再構築すると考えられる。

価格形成のゆがみ以上に
株式保有構造のゆがみが問題

 筆者が問題意識を持っているのは、バブル崩壊以降、日本株に対する国内の持続的な保有主体がいない「かくも長き真空状態」のことだ。

 日銀のETF買い入れによる市場のゆがみを議論するのと同時に、日本の株式市場の構造そのものを議論すべきなのだ。

 図表3のように日本の個人金融資産1900兆円の54%を現預金が占める。この預貯金に偏った資産構造は欧米と大きく異なる。

 家計の資金が銀行の預貯金に集中して、株式を含めリスク資産に向かわないとしたら、銀行機能はさながら「エクイティーデットスワップ」のようになる。

 つまり銀行が本来持つべき「リスク仲介」機能を発揮するのではなく、リスクを吸収してしまう「ブラックホール」のような存在になってしまう。

 もし銀行が株式保有を積極的に行わないのなら、「貯蓄から投資へ」と家計に預貯金から株式などへの資金シフトを実現しない限り、持続的に国内の株式保有構造を実現することは不可能となる。

 そうなると、おのずと海外投資家への過度な依存にならざるを得ない。国内個人投資家の育成に向けて「貯蓄から投資へ」の取り組みを進める必要がある。

「貯蓄から投資」へのシフトで
日本株の「他力本願」脱却を

 持ち合い解消が叫ばれてきたが、「貯蓄から投資へ」の実現が同時に行われることが大前提だ。そうした環境がない状況でことさら持ち合い解消を進めるのは日本株式市場の自壊行為に等しい。

 日本株の保有構造のゆがみがあるなかで、批判を浴びながらもいわばそのギャップを埋めてきたのが日銀のETF買い入れだった。

 ETF買い入れの是非を議論する以前に、日本株の保有構造を改めて考え、日本株の「他力本願」をどう脱却するかが議論されるべきだろう。

(岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長 高田 創)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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