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Monday, March 30, 2020

インフルエンザ検査で「ナノサイズの“金”」の粒子が果たす重要な役割とは? - Business Insider Japan

田中貴金属工業・岩本氏

インフルエンザ検査や妊娠検査のほか、数多くの感染症で使われる「簡易検査キット」に「金」が使われていることを知っている人は、まだそれほど多くないかもしれない。

これらの検査キットは、どれも同じ「イムノクロマト法」という基礎原理が利用されている。そして、このイムノクロマト法で利用されているのがナノメートル(nm)サイズになった金である「金コロイド」だ。この技術は、医療などの分野で、非常に多くの可能性を秘めている。

金コロイドを使用した検査キットを開発・製造する田中貴金属工業の担当者に、その可能性を聞いた。

インフルエンザ検査や妊娠検査で使われる検査キットの原理とは?

インフルエンザの罹患を疑って病院に行き、鼻に綿棒を突っ込まれて検査された経験を持つ人は少なくないだろう。

イムノクロマト法による検査の流れを、インフルエンザ検査を例にとって説明すると、次のようになる。

まず検査キット上の検体滴下エリアには、あらかじめ金コロイド(nmサイズの粒子になった金)などで標識された抗体(標識抗体)がセットされている。そこへ検体(鼻からの抽出液)を滴下すると、検体に抗原(インフルエンザウイルス)が含まれている場合は、標識抗体と抗原が結びついて複合体となる。そして、この複合体は毛細管現象によって、検査キット上の判定ラインの方向に流れていく。

検査の流れのイラスト

イムノクロマト法による検査の流れ。

判定ラインには別の抗体がセットされている。流れてきた複合体はこの抗体とさらに結びついてどんどん積み重なり、判定ライン上に金コロイドの赤色が浮かび上がる。こうして、インフルエンザにかかっているかどうかが「目視で」判別できるというわけだ。

田中貴金属工業が打ち出した貴金属メーカーならではのアプローチ

イムノクロマト法による検査キットは現在、さまざまな検査薬メーカーが製造しており、金コロイドメーカーの田中貴金属工業もそのひとつだ。

「田中貴金属工業は金コロイドに限らず、さまざまな産業用貴金属製品の製造に関する知見を持っており、当初は、検査キット向けの金コロイドを検査薬メーカーに販売していました。しかし、2005年に事業規模の拡大を図るため、検査キットそのものの開発・製造も行なうという方針に転換。2007年から本格的に開発をスタートさせました」(田中貴金属工業 新事業カンパニー 技術開発統括部 診断キットビジネスユニット 開発部部長の岩本久彦氏)

説明をする岩本氏

岩本氏は、開発エンジニアであり医学博士の肩書きも持つ。

といっても、産業貴金属大手が、検査薬メーカーになるわけではない。基本方針は、「検査薬メーカーに半完成品を提供することに専念する」というものだ。検査キットの開発・OEM製造に特化しているわけで、国内ではまれなビジネスモデルとなっている。

金コロイドの粒を揃えたり、表面を加工できることが強み

ラボの研究員

提供:田中貴金属工業

検査キットの開発アプローチも他社とは異なる。多くの検査薬メーカーは、検査したい対象に反応する「良い抗体」を作ることで、検査キットの品質を高めるアプローチが一般的だ。

一方で、田中貴金属工業は「金コロイド関連の技術を核にした、貴金属メーカーならではのアプローチ」(岩本氏)をとっている。それは一言で言えば「金コロイドの質を向上させて、検査キットの質も上げる」というものだ。

開発アプローチからもわかる通り、田中貴金属工業の強みは金コロイドの製造に関するさまざまな技術にある。

そのひとつが、「粒径をコントロールする」技術だ。金コロイドの製造は、分子サイズの金化合物を原料として、粒径が数nm〜150nmサイズの微粒子にまで「大きく成長させていく」仕組み。粒の大きさを均一に揃えるのにはハイレベルな技術が必要だが、同社は長年の貴金属製造で培った知見により、これを可能にしている。

金コロイドの電子顕微鏡写真

金コロイドの電子顕微鏡写真。いずれのサイズも粒径がきれいに揃っており、これをコントロールできるのが田中貴金属工業の強みとなっている。

提供:田中貴金属工業

また、表面形状を変える技術もある。金コロイドは通常、球状の形をしているが、これを金平糖のような形に加工することも可能だ。形を変えることによって、金コロイドの色を青色などに変化させられるようになるのだ。

ちなみに、検査キット用途の青色金コロイドは、同社が世界で初めて開発に成功しているものだ。コロイドの色の違いは、一度に複数項目を検査することを容易にし、患者や医療従事者の身体的負担を減らし、費用面でも貢献できると考えられる。

金コロイドの小瓶

右上の小瓶に入った赤色の液体が金コロイド。検査キットに使われるのは、粒径40〜60nmのものが現在の主流とのことだ。

イムノクロマト法による検査キットは開発途上国の医療現場でも活躍

イムノクロマト法による検査キットが世界で初めて製品化されたのは、同社によると1986年に英国で発売された妊娠検査薬だ。以来、30年以上の長きに渡って使用されているのは、数多くのメリットがあるためだ。

具体的には、操作性が簡便で、誰にでも取り扱える点がまず挙げられる。また、結果の判定が目視で行なえて専用の装置を必要としないため、小規模な医療機関でも利用できることもある。さらに、検査キットのほとんどが常温保管が可能で、必要な数だけを取り出して使用できるため、ムダを減らせるメリットもある。

現在の用途は、前述したインフルエンザや妊娠検査のほか、RSウイルスやノロウイルスといった感染症の検査が中心だ。岩本氏は「治療法が確立していない感染症であっても、感染をその場で迅速に診断できれば、対症療法的な措置をとって症状の進行を遅らせたり、致死率を下げることにもつなげられる」と迅速な診断のメリットを説明する。

こうしたメリットから、イムノクロマト法による検査キットは開発途上国の医療現場でも使われている。

世界保健機関(WHO)のサイトにも「(イムノクロマト法を含む)簡易/迅速テストは予備的なスクリーニングテストの結果が必要とされる場所での使用に適しており、特にリソースが限られている国々では有益である」との記述がある。衛生面や設備面、さらには人材の確保が十分ではない環境であっても利用しやすい検査キットが世界各地で果たしている役割は大きい。

技術をさらに進化させて、患者の負担減や診察の効率化を目指す

ラボ内の研究員

提供:田中貴金属工業

岩本氏はイムノクロマト法による検査キットの可能性について、「決して新しい技術とは言えないが、まだ進化の余地はある」と語る。

ひとつは、操作性の改善だ。基本的には簡便に取り扱えることがメリットではあるが、たとえば溶連菌の検査キットなど、複雑な検体前処理が必要なものもある。この場合、誤操作の可能性が生まれ、ミスによって検査結果に影響が出てしまうこともあるのだ。

また、医療現場からのニーズが多い改善点としては、多項目同時検出もある。岩本氏は「似た症状を持つ感染症のどれにかかっているかが一度の検査でわかれば、患者様の負担減にもつながります。また、検査時間の短縮も、患者様の負担減と診察の効率化につながり、意義は大きいと考えます」と説明する。

ほほえむ岩本氏

「検査キットの開発・OEM製造に特化するという我々の基本方針には変化はありません。ただ今後は、OEM先からの要望に応えるだけでなく、医療現場の声を直接聞くことにも取り組んでいきます。そうすることで、あらゆる検査薬メーカーの要望に応じられる田中貴金属オリジナルの検査キットを開発できれば、低価格化にもつなげられます。これからも、技術の進化と改善のための努力を続けて、社会に貢献していきたいと考えています」(岩本氏)

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