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Friday, July 31, 2020

Appleの自社製プロセッサ搭載がなぜ重要なニュースなのか、ITジャーナリスト林信行が解説する。 - Pen-Online

プロセッサ切り換えは、実は凄く大変。しかしAppleは1994年のPowerPCへの切り替えを始め、ユーザーの期待に応える性能やバッテリー動作時間といった価値を提供すべく、これまで何度かこの英断を成功させてきた。

プロセッサの切り替えというのは、本来はとてつもなく大変なことだ。それまでずっと日本語で考えてきた頭脳を、ある日突然、ドイツ語に切り替えることを想像して欲しい。ドイツ語だとたとえば「31」という2桁の数字を「1と30」のように表現する(1桁目と2桁目を日本語と逆の順で言葉にする)。アップルは1994年にもMC680x0シリーズからPowerPCシリーズへとプロセッサへの切り替えを行なったが、このふたつのプロセッサでは、同様の数字の桁の順番が入れ替わるという大きな仕様の違いがあった。

こうした違いにいちいち目配せをしながら新プロセッサに対応をするのは、本来大変なことだ。だが、Appleはこの困難を信じられないほどスマートに切り抜けるのが得意だ。PowerPCへの移行の時には少々荒技を使った。PowerPCがそれまでのMC680x0に対して圧倒的に速かったので、MC680x0の動作を再現するソフト(エミュレーター)をつくってしまったのだ。さきほどの言葉の比喩で言えば翻訳機のようなものだ。

翻訳機が標準で備わったことで、最初から100%PowerPC用に作り直さなくても、OSもアプリも少しずつPowerPC用につくりなおすという長期戦略のプロセッサ移行が行われた。その後、Appleは2005年に少ない消費電力で高いパフォーマンスgあ発揮できるという理由で、PowerPCからいまのIntel製プロセッサに切り替えを行う。

この時はかなり事情が違った。MacのOSがMac OS X(現在はmacOSに改称)という新型OSに切り替わっており、このOSにプロセッサ変更を簡単にする凄い仕掛けがあったのだ。Mac OS Xは、スティーブ・ジョブズがつくった2つ目の会社、NeXT Computer社がつくったOSが元になっている。そのいちばんの特徴はオブジェクト指向という技術で設計されていることだ。

ピクトグラムという抽象化された絵記号を使えば、日本語、英語、ドイツ語と異なる言葉をしゃべる人が、言葉の壁を超えて理解しあえる。これと同じようにオブジェクト指向は、特定のプロセッサやOSに依存しない抽象度の高いソフトウェア開発を可能にする先進的な技術だ。

1988年のジョブズの判断が、スムーズなプロセッサ移行の基礎。

1970年代後半にゼロックスの研究所でつくられていたコンピュータ、Altoとその上で動くSmalltalkは、マウス操作、ネットワークコンピューティング、オブジェクト指向というスティーブ・ジョブズが生涯を賭けた3つのインスピレーションを与えた。

スティーブ・ジョブズは、1979年にこの技術に出会った。当時、世界でも最先端のコンピューター研究者が集まっていたゼロックス社のパロアルト研究所を訪問し、Altoという先進コンピューターで動く、Smalltalkというオブジェクト指向のOS(正確にはOSとプログラミング環境が一体になっている)が、マウスで操作されているのを見て衝撃を受けたのだ。このマウス操作の衝撃がMac誕生へとつながる。

しかし、1995年にジョブズはこう回想している。「あの時は、最初に見たマウス操作に目がくらみ、同じくらい大事なふたつのものが見えていなかった」。

その大事なもののひとつが、コンピュータ同士をネットワーク接続する技術で、これはAppleを追い出される直前にMacで普及を目指していた。もうひとつがオブジェクト指向技術だ。ジョブズがApple退社後、1988年につくったNeXT Computerは、まさにこの技術を形にするための会社で、この技術が評価されたからこそジョブズはAppleに舞い戻り、この技術があったからこそMac OS Xは先進的なOSとして人気となった。

後にiPhone/iPadが搭載するiOSにこれだけたくさんのアプリが登場したのも、NeXTの先進的なオブジェクト指向設計のおかげだといって過言でない。それと同時にPowerPCからIntel製プロセッサへの移行が、ほとんどの人が大変なことだと気がつかないほど簡単に済んでしまったことも、その後、同じIntel製プロセッサでも64ビット型と呼ばれる異なる構造のプロセッサにすんなり移行できてしまったことも、オブジェクト指向設計の恩恵が大きい。

もちろん、簡単だとは言え、多少は開発者の側で作業が必要だが、万が一、開発者がその作業をしてくれなくても、Appleシリコン上でIntelの動作を再現するエミュレーター技術、Rosetta2が搭載されているので、いまMacで使っているIntel製プロセッサ用につくられたアプリも、Appleシリコン上でそのまま動かすことができる(ちなみにRosetta 1は、Intel製プロセッサでPowerPCのアプリを動かしていたエミュレーター技術名だ)。

おそらく今回のAppleシリコンへの移行も、水面下でそんな大工事があったのかと、ほとんどの人に気づかれず済んでしまうことになるだろう。2年後のある日、Macを使う人々は、まったく異なる言語が話されている未来への希望あふれる大陸へとテレポーテーションさせられている。それも、いつの間にか話す言葉が切り替わっていることにも気がつかずに……。

こうやって、ユーザーが常に最高品質の技術の恩恵を受けられるようにベストを尽くすのがAppleの役割であって、それに必要な柔軟性を生み出しているのが、NeXT由来のオブジェクト指向技術なのだ。伝統の技術で新しい魅力を開拓し、ついにプロセッサの自社制作へと舵を切ったApple。この年末にリリースされるAppleシリコンを搭載した新たなMacは、機能、デザインともにどんな変化がもたらされるのか。いまからその誕生が待ち遠しい。

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